■プロフィール

へんこちゃん

Author:へんこちゃん

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
両の腕を高々とあげて・・・燃える


keitou.jpg



スポンサーサイト
紫陽花 | 22:56:53 | Trackback(0) | Comments(4)
悩み多い年頃
2007.10.16

好きです
あなたが好きです

どんなときでも あなたが好きです

だって・・・私は 私は あなたのお母さんですから


  朝起きたときから憂鬱そうな目
  辛らつで、不愉快な言葉の羅列・・・・

あなたが、暗い森の中に踏み込んだのがわかる

立ちはだかる樹木に行く手を阻まれ
 怒り

重なる落ち葉に足をとられ
 苛立ち

人生という重いリュックを投げ捨てようか
 迷い

娘よ!
お父さんやお母さんの声が聞こえますか

声が届かなければ、届くところまで戻りましょう

でも・・・

君の手を引くわけにはいかない
声の出ない涙を拭ってやるわけにはいかない

どんなに暗い森の中でも・・木漏れ日が注ぎ
どんなに深い森でも・・山の頂に続く道がある

きっとあなたなら 気づくはず

悩み多い年頃になったあなたのそばで

お父さんもお母さんも やっぱり
悩み多い年頃を迎えています。



20071017231309.jpg



紫陽花 | 23:14:09 | Trackback(0) | Comments(5)
紫陽花 ~母より~
1999年3月

 5歳になった娘は、風呂に入って頭を洗うとき いまだにお湯をかぶれない。
私の膝にまたがり 天井を見上げながら
「やさしくよ。そーおらとやさしくお湯をかけてね。飛ばしたら駄目けんね。」
などと 悲壮な声をあげる。
生まれたての赤ちゃんを洗うように、仰向けに抱いて 三回ほどお湯をかけると
「もうよか、もうよか」
と声を張り上げる。
「まだまだ、石鹸がついてる」
と言いながら、何度か流して
「はーい 終わったよ」
と言うと、口をぷーっと尖らせながら、『耳に入った』『苦しかった』『目に入った』と
ひとしきり文句を言いながら、タオルで何回も顔を拭いている。
そんな娘に、夫は
「そんなことじゃ駄目だよ、赤ちゃんじゃあるまいし。お父さんが教えてあげるから、
ほら、下を向いて、タオルを目に当てる、口を開ける。よかね、かけるよ。」
そして、頭からザァーッ
最初は、娘も我慢して
「お父さん 3回けんね 3回けんね 3回しかかけたら駄目けんね。お願いよ」
と何度も念を押しながら夫と一緒にお風呂に入っていたが、四日目 五日目となると、
うるうると涙目になり、とうとう最後は『お風呂』と言うだけで『うぎゃー』と泣き出す始末。
夫もあらん限りの言葉でなだめてみたり、叱ったりと一生懸命。
結局 夫は娘とお風呂でのスキンシップをあきらめることとあいなってしまった。

 ところがその娘が ある夜
「お母さん 今日は頭からザァーッてかけてみて。こころね少し頑張ってみようかなって
思うと。その代わり3回で終わるごとしてね。」
なんて、どういう心境の変化だろう。
頭からざぁーっとかけて 3回目。いろいろ注文はあったけど、なんとかクリア。 
「すごい どうしたの急にお姉ちゃんになっちゃって」
かたく目を閉じ、陸に上がった魚のように、口をパクパクさせながら、両手を差し出して
いる娘の手に、タオルを渡しながら、
「すごいな すごいな」
と褒めちぎると
「ね 上手やろ」
「うんうん」

 娘の寝顔をじーっと見ていると、口を真横にきっと結び、小さな鼻をつんとあげ、それは
得意そうな顔をしてお湯につかっていたのを思いだし、なんとも言えないおかしさがこみ
上げてきた。
くーっと我慢していたのが、こらえ切れずに声を出して笑ってしまった。

 笑いながら 涙が出てきた。

保母という仕事を十七年してきた。
まっさらの産声をあげたばかりの赤ん坊から子供を育てるなんて初めて。
しかも、年は四十を過ぎてから。
初めは一生懸命だったけど、しだいに疲れ、可愛いと思いつつも、疎ましく、他人の子供
と接している方がどんなに楽しくて楽なことか、なんて考えたこともある。
娘がはじめて言葉らしきことを話した時は、嬉しくてそしてなによりも、楽しくて 楽しく
て、1日中娘と向き合っていた。
そんな気持ちを忘れてしまったわけではないのに、わずか2 3年で 昔々の思い出の中に
押し込んでしまった。
「うるさいなぁ 向こうで遊びなさい。お母さんは忙しいのよ」
なんて 言う事の方が多くなってしまった。
そんな娘がふっと気が付くと ちゃんと育っている。自らの力で、成長しようと頑張っている。
私が,娘に教えたことって何だろう。
この頃は、いろいろなことを娘は私に要求してくる。
折り紙や綾取り はさみやカッターナイフの使い方。包丁やはり。料理の手伝いに洗濯や雑巾
の絞り方まで。とにかく生活一般の私の行動すべてに果敢に挑むように
「教えて 教えてどうするの」
の連発。
教えて出来ないと
「こころは 一生懸命頑張っているのに、どうしてお母さんのように出来んとね」
と言い出す。
「あんたが まだ子供だからでしょ。うるさい。自分で出来ないで泣くぐらいならせんでよか」
そうかと思うと、出来るまで頑張ると言いながら、1時間以上もしつこく『これから どうす
ると』と、何度も同じ事を質問してくる。
最初は偉いねなんて褒めているけど、最後は,
「ああもう うるさか。お母さんはあんたのごと暇じゃなかと」
と ほっぽり出してしまう。
本当にうるさい。何でこんなに子供ってうるさくて面倒くさいのだろう。
『もう うんざりする。私だって、やりたい事まだいっぱいあるのに。あんたの顔を見ていると
いらいらしちゃう。向こうに行ってよ』
と 胸の中で叫んでいる。
部屋の隅でしくしくと泣いている娘を見ていると罪悪感が胸の底の方でひたひたと波打っている。
それでも 嫌悪感の方が強い。
なんて親なんだろうと思いながらも、泣いている娘を抱き寄せられない。
 
それがある日
「ほら お母さん見て みて」
と言いながら、上手に小さな手を器用に動かし,ぼろぼろに毛羽立ってしまった毛糸の紐で
箒を作って見せる。
「ねっ 上手でしょう。ねっ ちゃんと出来たでしょう。お母さんが教えてくれたとおりにしたん
だよ」
と顔中で笑ってやってくる。

 5歳の娘が育っている。
自分を取り巻く環境の全てを吸収しようとあがいている。
成長しようと 頑張っている。
親は子育てのための努力なんて「まっぴらごめん」と逃げているのに、娘は学ぶことをさぼろう
としない。

「今日ね、幼稚園の先生に見せてあげたんだよ。お母さんに教えてもらったって言ったら、いい
ねぇー。こころちゃんはじょうずだねって」
 
父や母に守られていることを絶対に疑わない、その自信に満ち溢れた顔。
 
 あなたにもらったこの目で、あなたを見つめ
 あなたにもらったこの口で、あなたに話し掛け
 あなたにもらったこの手で、あなたの手を握り締め
 あなたにもらったこの足で、あなたを追いかける
 娘は いつもそんなふうに 私に向かって叫んでいる。
 
 
 人は生まれてくるとき、堅く閉じた、小さな蕾をたくさんつけた紫陽花の花を抱えているよう
な気がする。
堅く堅く閉じたその花は、生まれた瞬間からひとつひとつ外側から 開いていく。
誰かが教えるのではなく、自らの力で、ひとつひとつ開いていくんだ。
歩くようになったらひとつ。
お箸を持てたらひとつ。
縄跳びできたらひとつ。
字が読めるようになったらひとつ開く
人を好きになったらひとつ。失恋してもまたひとつ。
外側から赤くなったり青くなったり。
そしてまた赤くなったりと色を変えながらどんなに年を重ねても小さな花は,ぽっぽっと
一生懸命咲きつづける。
いつか、大きなひとつの花になるために。

私は娘との間にある親子の関係が疎ましかったり、邪魔だったり、きっと今からもあるだろう。
それは、なによりも、なによりも重たい命を生み落としたときから、その重さに閉口している、
私の足掻きのような気がする。
でも、娘が誇らしく開きつづけるこの花を見とどける努力だけは、その努力だけはしていこうと
思う。

娘の寝顔を見ながら
『ねえ こころ。今日はいくつ花を咲かせたの』と聞いてみた。
娘は
『お母さんより ひとつ多いかな』
と言うように、小さく笑って寝息を立てていた。

紫陽花 | 22:02:09 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。